2007年2月22日木曜日

言いまつがい。

エピクロスは言いました。

「隠れて生きよ」    

2007年2月20日火曜日

Today.

9:00/起床

12:00/渋谷着

本屋さんとCDを巡る散歩。H ZETT Mの初回限定版がなく。結局何も買わず。

16:00/中央林間着

「美しい国」を買う。結局(苦笑)

17:00/バイト

今に至る。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日の音楽
「NARKISSOS by サディスティック・ミカ・バンド」
「The Love Below by Andre3000」
「バラッド'77〜'82 by サザンオールスターズ」
「SINGLES and STRIKES by 電気グルーヴ」
「PIZZICATO FIVE JPN~Big Hits and Jet Lags 1994-1997 by PIZZICATO FIVE」
「MADE IN JAPAN~THE BEST OF RHYMESTER~ by Rhymester」

今日の本
「美しい国」安倍晋三著    

2007年2月19日月曜日

Today.

今日は、同居人とひと時。今もまだ、過ごしてるんやけれど。

その彼に、(堂本兄弟にインスパイア)一言質問をさせたいだけのために、バトン作成。now

1)高校時代の最大の失敗は?(個人的だー!)
  ちなみに僕は:学校にウイスキー。

2)最近の「初体験」(パクリ)は?
  ちなみに僕は:着ムービー(木村カエラ)をダウンロード。

3)これからの人生設計は?(恋愛方面(ちなみに彼の質問だよ!)
  ちなみに僕は:Like a 高田純次(軽はずみなことじゃなくて、最大限のリスペクトを込めて!多分ムリ!)

4)心に浮かぶ人物は?
  ちなみに僕は:わかんない(アインシュタインだけど、くだらないからね!)

5)ライブでMCをやるとして、一曲目が終わったあとの一言。
  ちなみに僕は:わかんない(多分酔っぱらってる)

6)世の中で一番好きな飲食物は?(複数可)+それで何日生きられる?(気持ちの問題)
  ちなみに僕は:お酒+内臓系(鳥豚)、5日間

7)10年後の、今、この瞬間、何してる?
  ちなみに僕は:お酒飲んで、絡んでる(確実!)

8)格差社会ですが?
  ちなみに僕は:世の中が素晴らしいと思えるように、がんばりたいと思います。

9)ドSですか?Sですか?Mですか?ドMですか?(日本人だなぁ)
  ちなみに僕は:心理テストによると、ドSだそうです。まぁ気分だよね。

10)これから二年どうしましょうか?(by tossy)
  ちなみに僕は:人生の伴侶を隣において(この男ね)、それこそ人生設計ですよ!!なんかんだで5年だからね!!

以上。終了。。。

「決してゆずれないぜこの美学!何ものにもこびず己を磨く!」
「言うなれば遅咲きの八重桜ー。アブダカダブラ神のいたずらー。」
「愛想つかした仲間、去っていった彼女、大事な人生のパートナー見失ったかのようで、今もやり切れなさが残る」
「人もうらやむ才能才能才能、秘めてライオンはいまだその目を覚まさない、山は今しばし動かない。スローラーナー。。」

以上。終了。。。!!!    

2007年2月17日土曜日

Today.

映画:「みんなの家」、「12人の優しい日本人」

音楽:「NARKISSOS」 by サディスティック・ミカ・バンド

記録として。    

2007年2月15日木曜日

当たり前のことを書くんですが。


「いい感じ」というのは、

自分の「前」に広がる「ある対象」を、

自分の「全ての感覚」によって、認識する。

その対象を構成している全ての原子、クオリアが、

私の脳によって想像を絶するような超級の演算処理をされ、私の「心」に感動的な装いで生起する。

一気に、感じる。

それは科学の最後に解決されるほどの、処理です。

一気に、感じる。

説明不可能な(しかし、それは私の言葉が足らないから)。

自身の理性的な処理システムとは別の部分が、「感じる」(=「処理する」)体験。

それは、

想像を絶する、宇宙的な演算処理。

ということだと、思います。    

ノンタイトル。

僕は、あまり、本を読まない。

し、あまり音楽も聞かない。

映画も、見ない。

それは、僕が、友達(それ以外でも)に向かって「趣味」と名乗れない程度だから、

今こう書いているわけであって、別にそれなりに、気の向くままにやってます。

「量」と「質」の関係ですが、まぁ昔から言われますよね。

2chラーと芸術家の関係ですか。まぁ、よくわからないことは言いません。(だからノンタイトル)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

特に僕は、こと読書に関しては「今の人」の本を読みません。

別に、理由はないけど。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

穿った考え、とよく思うのですが、「何でそんな風にしか考えられへんのかなぁ」と不思議に思うことがあります。

よく僕は「一般化」の話を書きますが、確かに世の中に無数に立ち現れる個別具体的な事象から、個人個人がどんな「思想」を紡ぎだしても自由です。これは、間違いのないことです。

ただ、「センスがない」、というか、「反駁があまりに容易(最終的には「好み」の問題、というところまで煮詰まってない)」ことってありますね。

前者については、判断する側の主観ですし、後者もまぁそうかもしれませんから、最終的には別になにやってくれてもいいんですけど。

まぁ、「鏡を見ろ」、ということですかね。

自分にレッテルを貼って、カテゴライズに守られるのは自由ですけどね。

どれだけ個人の優位が説かれたって、くだらないものは、くだらない。

大衆に媚びろということではないですが、そこらへんの中庸がとれる人間が、まぁ「いい方向向いてる」と思いますね。

生きるってのは、難しいね!!    

2007年2月14日水曜日

よくない日記。

僕の日記を読み慣れている人は(いつも、ありがとうございます)、こういう日記のときはどうされているんでしょうか。

大抵のBlogは、個人的な感情を深く深く吐露することで、嫌われます。

コメントがしづらいもの、は求められていない。

何ともくだらない感じのものは別ですが(いや、決して僕のが高尚なんて話では、断じてないです)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

つくづくくっだらない人間だと、自分のことを思います。

悲しくなっちゃう。

僕の髪を切っていただいている(ほんと、「いただいてる」なんですよ)美容師さんがいるんですけどね。

マイミクシィなので、こういうことを書くのは、ある種確信犯的なんですが(意図してるわけではありません)、

ほんとにね、僕の好きな感じの人なんですよ。

まず、僕の好きな人っていうのは、

1)一つのプロフェッショナルであり、

2)そこに様々な、広範な知識、要素、おもしろさを持っている

人、なんですね。

最近のマイブーム、茂木健一郎氏にしてもなんにしても。

よくもそこまでアグレッシブだなと、ほんとに、心から敬服します。

それは僕自身が、全くもって、何にも集中できない、くっだらない人間だからです。

すっごいおもしろくて、24時間ぶっつづけぐらいでお話したいと、思ってしまいます。

(多分、僕の「浅さ」がばれてしまうだけですが笑)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

さっき、中学高校と(クラスは違えど)同じだった人のmixiを踏みました。

で、考えることは、といっても何にもありません。

でも、僕のこういった、こういうBlogを書いてしまうような性格が、

女性に好かれないのだなぁと思います。

「ネガ」なんでしょうね。

そんなワードを最近聞きました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

最近はラッセル(バートランド・ラッセル)の自伝を読んでたんですけどね。

飽きました(笑)

(言語学的論理学の机上っぷりに、彼も僕と同様の意見をしていたので、それはうれしかった。)

さっきは、「砂糖の世界史」(わかる人は大爆笑)を読み返してました。

(その美容師さんにも読んでもらおうと思って、持っていかなくちゃなぁと思ってるんですけど)

世界システム論か。高校のときに、世界史が大好きでしたが、一度たりとも歴史学者になろうと思ったことはなかったです。

むしろ、それぐらいの境地がいいのかもね。

最近ご無沙汰の、文学、小説みたいなものが読みたくなりました。

心の余裕、もしくは全く真逆な心情が欲する諦念があるときには、「お話」ですね。

「幸福の王子」を明日買おうかな。

もう下の方だから、ここまで読む人も少ないでしょう。

だから、書くんだけど、

もう、僕は、

何もしない。

もう、考えるのが苦しい。

「自分」っていうのの最終形をプレゼンスする。

それぐらいしか、僕には出来ない。

にゃ〜。。。

ご清聴、ありがとうございました。    

2007年2月13日火曜日

失われた、皇帝。


ジャン・ポール・サルトルです。

彼の思想は、レヴィ・ストロースの構造主義によって時代から捨てられました。

確かに、当然な帰結でもあるなぁと思いますが、時代ということもあったでしょう。

世界大戦の後には、実存主義。世界の成長と安定、協調が求められた70年代には、構造主義。

人は、自分の欲しいものを望みます。

私は高校のころに彼の著作「実存主義とは何か」に触れて以来、それが私の信条になっています。

「人は自由に呪われている」とはよく言ったものです。

僕の周囲の環境の一切の責任は僕にあるし、僕のactionの全てがそれを引き起こしている。

僕は何ものからも(本質的に)自由であるし、何でも出来る。

それ故に僕は、その投機(=action、僕はこの言葉が好きです)によって、世界を作る。

僕は僕の理想とする「人間」の体現に努め、その結果の全てを引き受ける。

よって僕は「自由に呪われている」。


と、思ってきました。ここから僕の人間讃歌は始まるわけです。

と、思ってきましたが、どうなんでしょうか。

全ては自分の力次第だと。

でも、どうなんでしょうか。

あるのでしょうか。

越えられない壁が。

いや、ありません。

ある、なんて、あまりに悲しいじゃないですか。

あなたはあなたの望む世界に向かって生きている。

そこから全てが生まれるわけです。

だから、私たちはニュースを見なければならない。

最後は、余計だけど、真理ですよ。

まぁ、そういう話じゃなくて。

私の論理、倫理は崩壊寸前です。    

2007年2月12日月曜日

一億総表現時代。

とはよく言ったもので、高額なメディア機器に頼らずとも、しっかりした「スペース」(物理的であり、なんなり)がなくとも、例えばblogやYoutubeで、多くのコンテンツが発表される時代。

みなさまはいかがおすごしでしょうか?

さきほど友達が紹介していたYoutubeを見まして、いや、おもしろかったんですけど。

よく、こんなにくだらない(and誰にも求められてない)ものを、時間をかけて作るな〜と思います。

いや、素晴らしき善意、ボランティアなんですよ。

絶対にアートではないけれど(アートがいいと言っているわけではありません。断じて。僕は笑いが大好き)

ようは、レーゾンデートルなのです。

それを明確に示せるかどうか。

ーー閑話休題ーー

最近、少しですが、勉強をがんばってます。

「またまた、始まったよ〜」とか「いつまで続くの〜」とか、ご意見をきっといただくことになるんですが。

でも、人のことはほっておいて欲しいよね。関係ないやろって。

茶化すのはよくないよね。

人間関係には、間合いが大事なんですかね。

極端なのはダメですから、ほどほどの距離を見極めるのが大事です。

まぁ、どうでもいいんですが。

ホントに、どうでもいいんですがね。

誤解があるといけないので言っておきますが、個人攻撃ではありません。

僕が思うに、世の中の大半の人(少なくとも僕の周りの大半)は、こういう風に思ってるのです。

と、思ってるのですよ、ということです。    

2007年2月11日日曜日

映画評、というか極私的な感想。


こういったものが大好きなのは、ダメな人間でしょうか。

あまりに軽い?(笑)

私は、最高なんですけどね。この映画。

映画の文法において、僕がすっごく大事だと思ってることが一つ。
それは、「間」を「上手く」「すっとばす」ということです。

映画においては、それに肉厚なストーリー、濃密な世界を持たそうとすればするほど、「説明臭く」なります。

いかに、無駄な"only時間の経過を表すor展開させるのに必要な"だけのシーンを削る、もしくは上手く省略して「見せる」か。

これが、私としてはキーと考えるのです。

だから、シチュエーション系のモノは時間的、場所的な枠が決まってるから出来上がりが(それが本当におもしろければ)、より一層上手く見えます。

大事なのは、「見せ方」です。

それだけでなくてもこの映画はいいんですけどね。リチャード・ギアの演技をどうこう言う人がいますが、別になんとも思いません。

むしろ、あの「キャラクター」は彼の起用でしかありえないでしょう?あの感じね。

いちいちタップがどうとか、ほんと、いちいちそんなくだらない「映画以外の要素」(確かにそうは言い切れない部分もあります。ありますけども、)に、ぐちぐちコメントを並べ立てる奴が僕は、大嫌い!です。

作品として、とっても素晴らしいと。私は、思います。

そんな私の感性は俗っぽいのでしょうか?

ラーメンズを引っぱりますがね、彼らを「好きだ〜」とか言ってるやつの半分は、エンタの神様見ても笑いますよ。ラーメンズのホント低級な部分で笑う観客の多いこと。そのくせ、おもしろいとこはちゃんと「静か」なわけでしょう?仮にエンタで笑わないとしても、「ぶってる」だけとしか思えませんね。

そんな私の感性は、おバカでしょうか?

以上、極々私的、超(←国語的にはダメよね笑)、「チョー」個人的な映画評、もとい感性論でした。    

2007年2月9日金曜日

あえて意味はないけど、Blogラッシュ。


あんまりラーメンズって好きじゃないんです。
あんまり、ですよ、好きなのもあるんです。
さっき(これもあんまり使わないけど)Youtubeで見てました。
でも、一つのネタ(おもしろい行動)にその一本のコントの間で、後々違う意味を載せていくっていうのは新しい視点ですね。
とても美しいものを感じます。「新橋!」とかも(そんな笑えへんけど)、ああいうことを初めてやった人なのでしょう?
よくしらんけど。ああいう笑いは今日では一般的ですが、新しかったのでしょうね。

で、じゃあ、演劇とコントはどう違うのかってことですよね。

ラーメンズは「その間」だそうです。これは、彼らが言うと、とても一理あると思います。

今、テレビでピン芸人が「おもしろいキャラクター」を見せてくれてますが、「お笑い芸人」である以上、このキャラクターで売っちゃうと、それを変えにくいですよね。
そこには市場原理とマーケティングという観点が絡みます。でも、「コント」であるならば「おもしろいキャラクター」は使い分けていいわけです。
それを全部含めて、一人の芸人としてプレゼンスできる。
劇団ひとりはそこが成功しているのですか。でも、それは褒め過ぎですね(笑)
それをステップした上で、じゃあ次は「コント」と「演劇」の境界、方法論の役得を考えたのがラーメンズなんでしょうね。

で、何が違うのか。

ん〜。演技してるか、してないか、ですか?(笑)

っていうか、おんなじ集団(少人数)でず〜っと喜劇ばかりしていたら、それは「コント」ですよ(笑)

あと、尺(上演時間)とか。喜劇は、笑いだけじゃないですしね。

っていう意味でラーメンズは喜劇ばかりでもないし、変な要素(?笑)もあるから、演劇に浸食してるって言えますか?

ってのが落ちでいいですか(笑)

ご意見いただけるなら、幸いです。    

恐竜の「首」と「しっぽ」


「体高10メートル以上で1キロメートル以上のロングテールを持った恐竜」を思い浮かべてください、と梅田望夫氏は言う。
「ウェブ進化論」というお話を読んだので、こういう話。

「ロングテール」という言葉はみなさん知ってる方も多いと思いますので、ことさら詳しく述べませんが、要は、「ある製品分野における無数の売れない商品達」ということです。
例えば出版業界においては、書店での収益の大半を基本的に一部の「ベストセラー」と呼ばれる商品群が占めていて、その収益のおかげで大多数の「めったに売れない書籍達」が書店において、あえてその貴重なスペースを占めてまで置かれるわけです。
これが今までのモデルですね。

ところが、この「めったに売れない書籍達」にも確実な需要はあるわけです。
仮にその本を欲しい人が、世界の70億人のうち70人だけであったとしても、その70人が日本の一つの本屋さんにくることが出来れば、めったに売れないとされるその書籍は70冊も売れるわけですから、大きな収益をもたらします。

この、「もし」を実現したのが、Amazonなのです。
Amazonの収益の3分の1は、この「めったに売れない商品群」=「ロングテール」であるといいます。
今までの収益モデルの主役であった「ベストセラー」=「恐竜の首」も大きいわけですが、それでもこの「とてつもなく長いしっぽ」がまさに「塵もつもればマウンテン」方式で集めた金額は巨大です。

私はこのことに単純なインタレスト以上のものを感じます。Webというものが、既存の社会に対してそれを一変させるほどのモデルを作り出しインパクトを与えるということの、ビックリ。
つい最近まで、「いんたーねっと」なんていうものは我々のリアルな世界とは別の世界でした(windows95はたった10年前のものなのですよ!)。
それがもはや私たちのリアルな世界と融合し、その上に乗っかって新たなシステムを提供しているわけです。この不可思議な感触、実在しない非物体から得られる不思議なクオリアは僕に震えを感じさせます。

「ネットの海は広いわ」

そういや、これも1995年ですね。大きな年だったんですね。    

生きていくのは「自分」でどうぞ。


生きていくのは、ご自分でどうぞ。全く。

歩行中にiPodを聞いていて、車にひかれて死のうが死ぬまいが、それはその人のせいです。法律でいちいちどうこう言われるべきことでしょうか?
確かに、引いた側のことを考えれば、それも迷惑なので、禁止にすべきということに耳を傾けなくもないですが、だからといって法律が乗り出してくることにはかなり違和感ですね。

でも、なるほど、車側の携帯電話禁止については賛成するわけだから、難しいところか。でも、車は自分が加害者だからね。自分自身で自分の殺人のリスクを高めるなんてこととは違うよね。

昔に、iPodのせいで難聴に〜みたいなこと言った人がいましたけど、あれこそこの問題の最たる例ですよね。イラクしかり。これは各方面から怒られるかな〜。

でもね、僕は基本的に人間賛美(そこはアインシュタインと違うな笑)ですから、人間の力とか可能性についてかなり期待しているんですよ。だとしたらね、自分のセルフコントロールも出来ないとか、世界最高の危険地に自ら乗り込んでいって、捕まって、助けてだとか、ほんとに悲しくなるでしょう。そりゃ、どっちも不慮の事故かもしれませんよ、車もイラクも。だからって、そんなこと言い出せば世の中の全ては偶発性に満ちあふれている〜なんてことになるわけでしょ。そうなれば、もうなんでもよくなるじゃないですか。
そんな世の中は嫌いです。完全な主観ですが、そこに基づいて僕は、こういう事象一般についてかなりの嫌悪感を抱くのです。

終わり。    

Blog for 告知。

こちらに移転しました。

もう一個作りましたが、それは自分のために。

今後ともよろしくお願い致しますm(__)m    

何となく、クリスタル。


中学のころから、何となく彼が僕のヒーローです。何となく、その偉大に惹かれています。

何故、彼にそこまで惹かれているのか?と考えていました。

今日は図書館で大量に本を借りました(いろんな分野に手を出すっていう従来のダメっぷりを復活and発揮)。
それでアインシュタインについての本を久々に読みました。

それで、一つの結論は。
彼の魅力は、彼の起こした偉大な、革命的な知的偉業が「その脳みそだけにある」ってこと。

パソコン(もちろんその時代にはありませんが)も使わず、研究チームも持たず、ただ「一人」で、何の実験も器具も使わず(使うことを卑下しているのではありません)、ただペンと紙とその「頭脳」だけを使って、物理学史(いや人類の知性の歴史)において最も美しい理論、公式(E=mcの二乗)を世に現出してみせた、その何とも言えない美しさ。

そこに僕が惹かれる魅力があるのでしょう。

もちろん古典的な芸術家像、天才の理想像を当てはめて、一人の人間から、その人格を無視して、愚劣な喜びを引き出しているだけかもしれませんが、それでも、彼のその「美」に僕はとてもつもない、しかし抽象的な憧れを昔から抱いているのです。

「あなたが思い描く偶像とは、あなた自信の理想の投影である。」

それでも、僕はやめられない。    

2007年2月7日水曜日

こういうことも書いていくよ!!


こういう自分意見、私的意見みたいなことも書いていきますよ!(それこそ、今から紹介する宇多丸師匠ばりに!)。

何でもかんでも言語化するのはどうかというとこだし、はっきりと表すものでもないかもしれないけど、芸術的なアウトプットをもはや半ば断念している僕ですから、こういう風に吐き出していかないと。

先月、1月31日に発売されました、「MADE IN JAPAN - THE BEST OF RHYMESTER」。
ファンにしてみれば、待望ですね。待望。「ここまで来たよ〜」的な感動です。
ぜひ、お聞き下さい。

ということをふまえて、最近考えていることと絡ませてみたいと思いますが、彼らの思想くらいが、「男が一人、この世界を生きてやろう!」っていう気概も持つにおいて、最も理想的な倫理観、思考法だと、僕は思います。何やるにしてもね。

詳しく書くのは何とも難しいですから、書きませんが。聞いてみて。

サルトルがヒーローなんですよね、僕にとっては。    

初投稿だけど、wii。


持ってないんですけどね。

でも、これで、スマブラやると楽しいんでしょうねぇ〜、とドキドキしています。

に、しても『やぐちひとり』の映画紹介のコーナーは腐ってるなぁ、というか、おもしろくないものをこぞって取り上げますよね。

いや、こういうこともズケズケ言うことにしたんです。

今の日本にはちゃんとした映画評論家っているんだろうか?ただのご機嫌取りばかりに思えちゃいます。

さよなら、さよなら、さよなら