2007年2月13日火曜日

失われた、皇帝。


ジャン・ポール・サルトルです。

彼の思想は、レヴィ・ストロースの構造主義によって時代から捨てられました。

確かに、当然な帰結でもあるなぁと思いますが、時代ということもあったでしょう。

世界大戦の後には、実存主義。世界の成長と安定、協調が求められた70年代には、構造主義。

人は、自分の欲しいものを望みます。

私は高校のころに彼の著作「実存主義とは何か」に触れて以来、それが私の信条になっています。

「人は自由に呪われている」とはよく言ったものです。

僕の周囲の環境の一切の責任は僕にあるし、僕のactionの全てがそれを引き起こしている。

僕は何ものからも(本質的に)自由であるし、何でも出来る。

それ故に僕は、その投機(=action、僕はこの言葉が好きです)によって、世界を作る。

僕は僕の理想とする「人間」の体現に努め、その結果の全てを引き受ける。

よって僕は「自由に呪われている」。


と、思ってきました。ここから僕の人間讃歌は始まるわけです。

と、思ってきましたが、どうなんでしょうか。

全ては自分の力次第だと。

でも、どうなんでしょうか。

あるのでしょうか。

越えられない壁が。

いや、ありません。

ある、なんて、あまりに悲しいじゃないですか。

あなたはあなたの望む世界に向かって生きている。

そこから全てが生まれるわけです。

だから、私たちはニュースを見なければならない。

最後は、余計だけど、真理ですよ。

まぁ、そういう話じゃなくて。

私の論理、倫理は崩壊寸前です。    

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