2009年4月15日水曜日

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「電波利権」

最近の僕は、やっと池田信夫的経済観からようやく少し冷静になり始めたけれど、やはり彼の社会観やその感覚というのは僕自身の哲学にマッチしているから、自分の"見方"を対象の分析に理論的に組み入れながら理論を構築していく彼の論述形式――プロフェッショナルには反駁もあるのだろうが、少なくとも僕のような学識のない人間にはそう見えるーーは、僕としてはかなり大きい説得をされてしまい、かなり大きい影響を受けながら首肯してしまう。

本書の発売は2006年であるから、日進月歩に進化するこの業界ーー皮肉である。本書を読めばわかるようにそれは技術だけであり、だからこそシステムがより一層遅れていくーーにあっては、本書の取り扱っている現実は過去となり、描かれた将来の予測も何らかの結果となって過ぎていった。

最先端のテクノロジーを語る、今現在のニュースを知るという観点からすれば、ここで扱われる要素はもはや周知のものばかりと考えても間違いではない。

しかし本書の重要な意味は何よりも、"通信・放送・電波"といったテーマを"経済学者"が考えたことだろう。

「本書の特徴は、電波をこうしたビジネスの観点から見た点にある。」
「これまで電波をテーマにした本といえば、技術的な解説書に限られ、放送についてはジャーナリズム論として議論したものが多い。しかし放送の未来像を論じる上でも、ジャーナリズムのあり方を考える上でも、電波を取り巻く産業の基盤が大きく変化しているという現実を抜きには語れない。」


著者が冒頭で語るこの言葉が本書を貫く議論の骨子である。

許認可制による"免許の配給"によって作り上げられた日本の放送システムの歴史を、国内外の政治情勢の変遷や"標準化"のグローバリズムの相の下に語り、それら歴史の観察と分析と反省から、これからの電波の将来像を考える。

そこで糾弾されているのは明らかに「電波社会主義」と呼ばれる設計主義であり、目指されるのは別の著作でも語られた「自立分散型の構造」である。


「なんで、インターネットでテレビが見れないの?」

「それは、損する人が多いからだよ。いろいろ出来上がちゃってるからね」


そんな会話の経験がある方は、一度お読みになって損はないだろう。


*「斜体」は原書の引用である。今後何らかの感想を書く際には、この書式をとる。    

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