
ふざけたメガネの人がいる。
僕だ。
なぜそんなふざけメガネにしたのか、理由はないが、おそらく「ふざけたかったから」と答えるのがベストアンサーであることは間違いない。
どうでもいいが僕の日記文体はそのときの読書に引きずられる。これも立派な「ふざけ」だ。
文学青年面をしたかったのだろうか、やはり「ふざけ」以外のはっきりとした理由は見当たらない。
立派さの不在。
しかし考えると、世の中の大半はふざけることから出来ている。
パリコレクションを見て欲しい、タイガースの優勝に沸く道頓堀川を見て欲しい。
玉を投げてそれを打つ走る。玉を蹴る入れる走る。
すごーく高次元な数学問題を考えるという行為。
通販番組の登場人物たち。
テレビ朝日。(あ、これは嫌い)
フジテレビ。
あぁ、世に溢れるふざけの数々よ。
僕は、あなたたちを心底愛しています。
素晴らしきふざけに満ちた世界。
世の中はふざけによって彩られる。
いかんいかん、美文すぎる。
しかし、ふざけは時に危険である。
ふざけはふざけと認められ、そのふざけ自体を認められなくてはいけない。
全身で「ふざけてるんですよー」と発信し、「そっかー」と受信され、「ねー」とうなずき合う。
ふざけ世界のコール&レスポンスは、眠ることなくあまねく場所で執り行われている。
真面目でないのではない、真面目にふざけているのだ。
しかしふざけることを嫌いだという人がいる。そしてふざけられない人がいる。
ふざけることを不要という人は、しっかりしている。しっかり生きていらっしゃる。
ふざけられない人は、真面目ぶろうとしている。性根はふざけた野郎にも関わらずだ。
ふざけることは難しい。
巫山戯。
漢字にしたときのこの迫力、本当にふざけている。巫山戯た人がこの漢字を当てたのだろう。
いや、本当に真面目な人が真剣に「う〜〜〜〜ん」と考えた結果、このようなふざけた感じ、漢字が誕生したのか。
ふざけは、本人の意志に関わらず、忍び寄り、侵略する。
ふざけは恐い。
我々はびくびくしながらふざけている。
あぁ、ふざけは心地よい。
ふざけたい。
ふざけた野郎と褒められたい。
自分の想像力をぶち破るほどの巫山戯を、体中から発散したい。
ふざけは、恐くそして楽しい。
そうして僕は、舞台に立っている。
昨日、サークルをお酒とともに追い出された。
さみしい。
1 件のコメント:
メガネ、フジタみたいだよ。
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