2009年3月20日金曜日

ふざけんな、ふざけやろう。




ふざけたメガネの人がいる。

僕だ。

なぜそんなふざけメガネにしたのか、理由はないが、おそらく「ふざけたかったから」と答えるのがベストアンサーであることは間違いない。

どうでもいいが僕の日記文体はそのときの読書に引きずられる。これも立派な「ふざけ」だ。

文学青年面をしたかったのだろうか、やはり「ふざけ」以外のはっきりとした理由は見当たらない。

立派さの不在。

しかし考えると、世の中の大半はふざけることから出来ている。

パリコレクションを見て欲しい、タイガースの優勝に沸く道頓堀川を見て欲しい。

玉を投げてそれを打つ走る。玉を蹴る入れる走る。

すごーく高次元な数学問題を考えるという行為。

通販番組の登場人物たち。

テレビ朝日。(あ、これは嫌い)

フジテレビ。

あぁ、世に溢れるふざけの数々よ。

僕は、あなたたちを心底愛しています。

素晴らしきふざけに満ちた世界。

世の中はふざけによって彩られる。

いかんいかん、美文すぎる。

しかし、ふざけは時に危険である。

ふざけはふざけと認められ、そのふざけ自体を認められなくてはいけない。

全身で「ふざけてるんですよー」と発信し、「そっかー」と受信され、「ねー」とうなずき合う。

ふざけ世界のコール&レスポンスは、眠ることなくあまねく場所で執り行われている。

真面目でないのではない、真面目にふざけているのだ。

しかしふざけることを嫌いだという人がいる。そしてふざけられない人がいる。

ふざけることを不要という人は、しっかりしている。しっかり生きていらっしゃる。

ふざけられない人は、真面目ぶろうとしている。性根はふざけた野郎にも関わらずだ。

ふざけることは難しい。

巫山戯。

漢字にしたときのこの迫力、本当にふざけている。巫山戯た人がこの漢字を当てたのだろう。

いや、本当に真面目な人が真剣に「う〜〜〜〜ん」と考えた結果、このようなふざけた感じ、漢字が誕生したのか。

ふざけは、本人の意志に関わらず、忍び寄り、侵略する。

ふざけは恐い。

我々はびくびくしながらふざけている。

あぁ、ふざけは心地よい。

ふざけたい。

ふざけた野郎と褒められたい。

自分の想像力をぶち破るほどの巫山戯を、体中から発散したい。

ふざけは、恐くそして楽しい。

そうして僕は、舞台に立っている。

昨日、サークルをお酒とともに追い出された。

さみしい。    

1 件のコメント:

zogntai さんのコメント...

メガネ、フジタみたいだよ。