2008年9月9日火曜日

私小説こそ。

太宰治と、荒木経惟が好きです。


つまりは私小説、それに準ずる独白や肉迫した生/性/死、そういうものが好きなのかもしれません。


なぜ私小説なのか。


私小説の、そのセミフィクションとでもいうような物語とその背景をめぐる混惑的な陶酔の興奮と魅了でしょうか。


私は決して私小説にはリアリティが、などとはいいませんが、ある種の私小説芸術におけるアプローチに、おそらく真実だと思われるようなリアリティーが宿り、私にそう感じさせるというのも事実でしょう。


しかし太宰は、その句点の付け方に、
アラーキーは、その作品世界の強度とその写真科学に、


確固とした技巧の高さがあります。


しかしそれも「私小説であるからの自然な表出さ」と無頼に扱えるところに、やはり美学が宿るのかもしれません。


なに、自分の中の最大公約数の、またはそれに近いものの一つを見つけた。


そんなちょっとした喜びを、書いてみたかったのですよ。    

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