文章を書くということに対して、
私はずっと、脱構築気取り、でありました。
現代における現代的で洒脱な表現は、ということから、ばかみたいにポンポンと、言葉、文法的規則ですね、それを省略して、跳ねさせること、そんなことを意識していました。
そんな阿呆な建前を打ち出して、つまりは面倒くさいことをサボりたかっただけなのです。
詳細に記述することは骨が折れるからと、人に伝えること、コミュニケーションとかの誠実さを繰り返しておきながら、そんなやましいことを考えていたのですね。
卑しい。
しっかり、書かなければなりません。
それは冗長とは違うと思います。
しかし私は、冗長とか洗練とか箴言とか、そういった文筆における諸概念を考え直さなければならない、もう一度リセットして、自分の中で生み出して、積み上げなければならない。
「何をまた気取ってやがる」
すべてのすてきなものの形容詞に「美」がつくのであれば、それを追求するのが義務であると、気負っているのです。
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