2010年4月8日木曜日

factotum - 嘲笑

「春は曙。やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明かりて」

寒暖が毎日入れ替わり、三日間ずつ雨と晴れがやってくる。
そのちょうど隙間に、それら一切の天気天候のバランスが静止させられたような夜。
AM4時。
穏やかに暖かい風が、サクラをゆっくりとした雨のように斜めに散らせていく。
花街の舞台セット、淡い緑の柳とサクラが灯籠の白熱球の光で闇に浮かび、川沿いに延びる石畳の路には、桜の葉がゴミのように溢れて散っている。

ダニエル君はゴミのように溢れたサクラの花びらを手ですくい、夜の闇にばらまいた。
化粧用のコットンのような手触りが不気味なくらい心地よく、ほとんど何も感じないほどに軽く体を擦り抜けていく花吹雪は、どれだけ彼がサクラというものに何の愛情も持っていないか、一連の動作や感傷がどれだけただのファッションでしかなかったか、そしてそんなものはお見通しで、どれだけ私たちがサクラをやっていると思っているのか、甘いのよ、という女性的な侮蔑と嘲笑を彼に教えた。

はなで笑うサクラに、ダニエル君は納得して、少しすねた気持ちになった。

質量を持たない、サクラ。物体。
色だけが強い、サクラ。存在。
サクラ色という色だけが存在する存在。サクラ。

バーの仕事が終わり、最後に飲んだ赤ワインが彼の意識を外に外に流し出して、それを抑えようと一気に口にいれたまっすぐのオールド・クロウが、息と目頭を熱くさせた。
瞑想するように目を細めたり見開いたりしながら、ダニエル君はサクラの葉を一掴み握りしめたまま、自室に帰る道、仕事場であるバーと自室のちょうど真ん中にある白い木造の缶詰バーの重いガラス戸を開けた。
北欧的でドイツ的、ストックホルムという言葉の色合いとブリューゲルの描いた冬の森のような土臭い白さがそのまま具現化したような木造のきしむ、バーだ。
ダニエル君は、重いガラスの引き戸に力をかけて開け、中に入り、体を反対にして、また力をかけて引き戸を閉めた。

「ごめんなさい、サクラの花びらなんだけど、ドアを開けようと思ったら捨てるしかなかったんで、外にまいちゃいました」
「全然問題ないよ、どうぞ」
「生ビールください」

ダニエル君は勘定台兼物置台のカウンターの前に付けられた低いカウンターテーブルに、箱馬くらいの高さの低いスツールにお尻をのせて、床にカバンを降ろした。
「はい、どうぞ」
ちょうど彼の目の高さの高い方のカウンターの上に、生ビールと、店に預けてあったカンパリの瓶が置かれた。
「春はカンパリ。白くなりゆく泡立ちは 少しエロくて」
カンパリ・ビア、サクラ色のルビーレッドに染められたビールは、ホップと柑橘のふたつのほのかな苦みと甘さが鼻にぬけて広がる。

サクラ色、苦み。

「で、どうするの」
「まぁ、今はいいよね。若いときだ」
「何かやらないで、どうするの」
「何もないのか」
「何かないのか」
「こんなのもいいんじゃないの」

「まさか、言えるわけないじゃないですかねぇ。書いて、暮らしたいだなんて。子供じゃないんだから」
   

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