「コチラハ、廃品回収車デス。
御家庭内デ 御不要ニナリマシタ
大きなモノや 重たいモノなど
ドンナモノデモ 回収イタシマス
コワレテイテモ カマイマセン
マタ ワカラナイコトガアリマシタラ お気軽にオタズネクダサイ」
精度の高い言葉は、往々にして多義的だ。
それは多分、言葉が本来持つはずの、僕たちがわからないほど深淵なところにある、全能性というかな、そういったTotipotencyに由来しているんだろう。
海の底から沸き上がってくる無数のあぶくが、一番深いところから一番遠いところにいる僕たちに、それぞれ当たって、
僕らは、ぶわんと、揺れたり、溺れたり、死んだり、目を覚ましたりする。
嘘をついていても、それは嘘ではなくって。
「ホントウニ」なんて台詞も相手には、虚ろなものにしか聞こえない。
連れて行かれた モノ たちは どこにいくんだろうか。
多分、すぐに彼らは 彼らでなくなる。
僕もそこに行けばちょうど 僕でなくなってしまうように。
それは全然、大丈夫なこと。
でもその前に、ただ一つ僕が聞きたかったのは、
そう、わからなかったことを、お気軽に尋ねたかったってこと。
「何がわからないのか、教えてくれませんか?」ってこと。
もしそれが聞けたら、僕はすぐにでも、僕を僕でナクしてくれるところに、連れて行って欲しかったろう。
だから僕は外に出なかった。家を出て、あの車に走っていかなかった。
しっかりと僕をつかみかけたその言葉が、カラッポだとも、やっぱり知っていたから。
僕から生まれた疑問にコタエルのは、僕でしかないことにも、気づいていたから。
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