2008年8月27日水曜日

もしもきぶんでいきてみるならさ

僕のきのう一日を、「きぶん」で語ることはすごく簡単なことです。


友達の一人がNYに、あと二人がイタリアに明日明後日には発つからそれならばと、


青山で、NYグリルって感じのランチをして、イチジクと生ハムのサラダを食べて、


まだ時間があったから、別の店で、スプマンテとシャルドネを空けちゃって、


きぶんなんかとすごく無縁だけど、まぁきぶんよくバイトに出て、


何となく、夜。


まぁまぁ。


一つ確かなのは、こういう一日はすごくきぶんがいいということです。


そして僕はよくこういう生活、いえ、もっとスノッブな生活の理想を成り立たせるために、しかしその仕事さえも気持ちいい仕事をしたいと望んでいます。


でもー。


きぶんとそれを触発してくれるものが構成する「せかい」は、


僕は不安になってしまうんだなぁ、って思うのもいつもなのです。


だからその不安には、自分の裸で立ち向かおうと。


だから、「きぶんのせかい」を僕の全てにすることは避けようと。


そうするべきだなって、思うんですね。


○○したい的な欲望って、


やってみたら、けっこうからっぽな感じ、ってことよくありません?


幸福な愛って、「私」と「あなた」を決定的に差別化する中での完全な調和。


なのかもしれませんね。


きぶんも幸せなんだけどなぁ。


それで生きるのも悪くないんだけどなぁ。


優柔不断なのが、


僕にかけられた宿命的で決定的で絶対的な、すごくぐわーんとする呪いです。


んー、つまらん。


(わかる人はわかりますよね、ちょっと図書館で借りたんですよ。えぇ、おもしろかったです)    

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