僕のきのう一日を、「きぶん」で語ることはすごく簡単なことです。
友達の一人がNYに、あと二人がイタリアに明日明後日には発つからそれならばと、
青山で、NYグリルって感じのランチをして、イチジクと生ハムのサラダを食べて、
まだ時間があったから、別の店で、スプマンテとシャルドネを空けちゃって、
きぶんなんかとすごく無縁だけど、まぁきぶんよくバイトに出て、
何となく、夜。
まぁまぁ。
一つ確かなのは、こういう一日はすごくきぶんがいいということです。
そして僕はよくこういう生活、いえ、もっとスノッブな生活の理想を成り立たせるために、しかしその仕事さえも気持ちいい仕事をしたいと望んでいます。
でもー。
きぶんとそれを触発してくれるものが構成する「せかい」は、
僕は不安になってしまうんだなぁ、って思うのもいつもなのです。
だからその不安には、自分の裸で立ち向かおうと。
だから、「きぶんのせかい」を僕の全てにすることは避けようと。
そうするべきだなって、思うんですね。
○○したい的な欲望って、
やってみたら、けっこうからっぽな感じ、ってことよくありません?
幸福な愛って、「私」と「あなた」を決定的に差別化する中での完全な調和。
なのかもしれませんね。
きぶんも幸せなんだけどなぁ。
それで生きるのも悪くないんだけどなぁ。
優柔不断なのが、
僕にかけられた宿命的で決定的で絶対的な、すごくぐわーんとする呪いです。
んー、つまらん。
(わかる人はわかりますよね、ちょっと図書館で借りたんですよ。えぇ、おもしろかったです)
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