暗闇の中を必死で駆けている。あと少しで手の届きそうなイメージ、触れたと思えた瞬間に指の間をすり抜けていく影、それをつかみたくて、どこまでも続くだろう暗闇と同化した影の裾を、必死で走り、追いかけては手を伸ばし、つかもうとして、また手を落とし、スピードの中で、両足がバランスを失い、上半身が前へ投げ出され、ひっくり返り、背中から地面に倒れるまで、彼は影を追いかける。それは崇高なメッセージなのか、それとも純粋な美しさの結晶なのか、つまらない愛なのか、場末の暴力なのか、それらに見いだせる一編の詩、イメージのコラージュ、なのか、彼はまだ、その影をつかめないでいる。
飲み過ぎたウイスキーのせいで、額が汗ばんでいる。このまま昼前までは騒ぎ続けるだろうクラブを抜け出て、入り口すぐの壁に体をぶつけて、彼は地上への狭い階段をふらふらと上がる。朝が早いといってもその青白い景色、光は、目を射す。彼はジャケットの胸ポケットからサングラスを取り出し、かけて、タバコに火をつけ、この狭い路地から大通りに出る。
たどり着いたビルの、また狭い階段を上がり、二階、ガラスの重たいドアを体当たりして押し、中に入る、受付の前を左へ、受付の声は無視して、誰もいないときには開け放してある応接室に、ソファ、体を放り投げて、天井を見、サングラスをテーブルに投げ、手の甲を顔にのせる。
「会社は48時間あいてますけどね、大先生、そんな酒の臭いばかり持ってこられても困るのよ、わかっててやってるんだろうけど」
「ボクが酒以外の何かを持ってきたことなんてあるんだろうか」
「そうですね、いつか、そうね、何でもいいから何か、原稿みたいなものでも持ってきてくれません?」
「ボクは書かないんじゃない、書けないんだ、何も、一切、書けない作家なんだよ、ご承知の通り」
「いつか飽きられる」
「書かないんじゃない、書けないんだ。ボクは十分誠実にやっているさ、その限り、酒ぐらい飲めるよ」
「世の中いろんな人がいるし、妙な名前の職業もたくさんある、あなた一人ぐらいの席はあると思うわ、それでも、本当に、何か読ませてくれないかしら、頭の中の何か少しでも文字に起こすだけでいいんだけれど」
「小説を書いてこそだ、そうじゃなければ、作家に発言権など生まれないよ」
「あなたが作家さんだとすればね、まぁいいです、今日はアポイントメントも何もないから、何かが起きてこの部屋が必要になるまでは、そうしててください。必要になったら窓から突き落として出て行ってもらいますから」
「めふすぃーボクぅ」
「ねぇ」
去りかけた彼女の背中に声をかける、彼女は振り向き「はい?」
「コーヒー、それとタバコ、ピースを」
「あきれた」

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