ファッションでわざわざこんなポーズをとっているわけではなかった。
ファッションならいつか終わりもくる、流行もピークとジ・エンドがある、それなら話はとても楽で、こうして彼が思い悩むなんていうことはそもそもない。時の流れに身を任せて、時の過ぎゆくままに、人と人の間をすり抜けて、一言二言の挨拶をしながら、笑っていれば、何も考えなくても、生きていける。それができないというところに彼の本質があって、それが本当の悩みであり、だからこそ彼はまた生かされている、意味を見いだされてるという今の現状がある。
「書けない作家の誕生の話をしよう」
彼は誰かに何かを聞かれたときに、何度かそう答えている。
書けない作家は、ある日突然として生まれた。
書けない作家は、それまでいくつもの物語を語ろうとし、いくつもの紙にいくつもの文字を書き記して、そうして出来上がるはずのいくつもの小説を、あるときは友達に、あるときは恋人に、聞かせ、そのたびに「へぇ」とか「そうなんだ」とかいう返事を受け取って、また自分の机に向かってきた。
しかし作家の書くものはどれもぜんぶ途中でその筆が止まってしまい、物語は最後に向けて進むにつれていつのまにか消尽してしまった。コットンに染みた液体で唇や目蓋の化粧を落としていくように、どんどんその濃度が奪い取られ、最後には、最初から何もなかったかのようにすべてが消尽されつくしてしまう。
作家はその度に泣き、悩み、悲しみの国に帰りたいと叫ぶ、なぜならそこには「はじめから悲しみがないからだ!」と叫き、彼はしかし悲しみの国への戻り道を忘れてしまっているため、そしてやはりそこには帰りたくないと思っているためか、ズボンをはき、上着にタバコを押し込んで、昼と夜がある世界、悲しみも喜びも忘れた世界に飛び込んでいく。切り立った崖の先から、空一色の空に向かって、そのまま海の波の間に落ちていくように。
だからやはり書けない作家はある日突然生まれた、というわけではなかった。
彼はいくつかの涙の国を渡り、冷たい風に逆らい、たどりついた新しい国で、恋をし、冒険に出かけ、深く悩み考え、言葉を語り、途中で何も言えなくなり、下を向いて首を振り、自分を責め、ときには誰かの頬を叩き、自分の足を殴り、天を仰ぎ、太陽の眩しさに迷い、国を去り、また新しい土地に向けて歩を進めてきたのだった。そしてその旅はまだ続くのだろう。
「書かないことは、決して書くこととは違う。そう、君はそれを当然だと思うだろう?確かにその通りだ、書かないことは、書くことじゃない。でもね、結局どっちだって同じだという瞬間がある、ぼくはその瞬間を頂点にして、振り子のように揺れているんだ。書いても書かなくても、こうして僕が君に話すときに話す内容は、あまり変わらないだろう、わかるかい、僕はとても諦めやすい、諦めやす過ぎるんだ。誰かが疲れやすいのと同じようにね」
「そう、もうひとつ付け足しておきたいな。誰かが、自分があまりに疲れやすいことから何かを話すことが出来たように、僕も自分がとても諦めやすいことから何かのお話が出来ないかと思っている。それが今の僕です、ありがとう」

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