透明なプラスチックで出来たピンクブルーグリーンが並ぶ雑貨を前にして、家に帰って、どこかのシャンプーやトリートメントのボトルを少しだけ特別な自分だけのオシャレに換えてみる。
それだけで毎日が爽やかに楽しかったときもあった。
<あった>というのは現在の心の底からネガティビティーが湧きあがって生まれた言葉ではなく、そういうときがある可能性が一つの過去によって証明されているということだ。
このページの主人公は不在であって、そんなこともおそらく世界のどこかには、このような経験が確かにあるだろうという可能性が綴られている。
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世界の全部を、自分に引きつけてしまうのは、自分が可愛いから。
世界の中心から、世界に向かって、自分が関与していたいと、世界は最初から自分のものだとわかっていながら、その不安を懸命に紛らわそうと、自分の苦しみを作り出して、そして泣きたいと、カタルシスしたいと、そういう自分の浄化作用。
そういう人を、ボクは可愛いと、思う。
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