2009年9月29日火曜日

I love MY.-no.

すべて一切は、強度の問題だ、というのは、酒場で知り合う哲学である。

酒宴、饗宴の世界では、ただ二言三言の論理の――そう、まさに二言三言でいいのだ!――強さが、ものをいう。

これは批判ではなく、尊敬である。

つまり、曖昧さなどは、インテリの美学であって、畢竟、間口の狭い概念である。

だからこそ!

ワタシは、それを愛したいのだ。


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「つまり何もしたくないわけね」

良き理解者である隣人は、こう言う。

「選択出来ないことは悪いことじゃない。迷う時期も、そういうときもあるのよ」

あまりに心地よい諦念に、ボクは安住を感じることに必死に抗いながら、

「そうだねー」

と、歯ぎしりする。

歯ぎしりする?

誰に?

自分にだ!


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ボクは、現在の人々は多分に物語好きであり、同時に物語への無興味である、と思っている。

ボクらは、都合良く物語りを消費している。

あるときはただ感情の変化をえようとして――「泣けましたー」みたいな

あるときはただの時間つぶしとして――「とりあえずー」として

ボクらは本当にその物語の特別性に無関心だ。

で、あるならば、

何も特定しない、

そんな物語が、

ダメな理由が、

どこにあるだろう。


「anti 安易な一般化」

これ抵抗してきたボクだ。

敵は、なおもここにいるのだ。

しかし、これこそがフィールドだ。


このような散文が経済的価値を持てば。

それこそが、現代文筆家諸君の夢想的な理想である。


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自己言及。

この無価値で有害な美徳よ!!    

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