6月4日は、嘘の日だった。
6と4で、「う」と「そ」である。
6と4で、「うそ」と読む日だから、嘘の日なのだ。
たくさんのことには意味がある、という嘘をつく日。
そんな嘘の日の、嘘つきの一日。
朝の6時に寝て、起きるともう14時30だった。
ボーッとして過ごす。
プレゼントにもらったMlesnaの紅茶を、道具がないけれど、いろいろ代用していれる。
色と香りが移るだけ、それくらいでおいしい。
紅茶の奥深さが見えて、ボクは少し目眩がした。
世界は大き過ぎる、世の中は広過ぎる。
紅茶とパウンドケーキの向こうには、60億人の生活が浮かんでいる。
無限のパターン。
1/無限の、今、ここにある、ボク。
意味のない、意味なしを想う、想像。
今日はディナーが決まっている。
待ち合わせまでには、時間がある。
お腹が空いた。
屋台みたいなオープンカフェみたいな食堂があったから、それを前日に目をつけていたから、思い出して足を運ぶ。
お米が食べたかったから、小さなピラフを頼んで、ジンリッキーを飲む。
マンサニーリャとフィノ(サンデマン)を飲む。
食堂でシェリーを飲みながら、ロイド眼鏡の青年は、空想に耽りながら、文字を綴る。
完璧なイメージ。完璧に空にした、空っぽのイメージ。
だからこそ、完璧な写真。
思弁的な若者は、誰でも一度はデュシャンをやる。
思弁的でない若者も、誰でも一度はトイレをもってくる。
トイレは、ぼくらの日常の中で、一番非日常な可視化されないイメージだから。
トイレは誰のものでもない、トイレはみんなのもの。
仔羊のローストにブルーチーズの夢がかかっている。
ミルクだけで火を入れたポテトのグラタンの、しっとりとした甘みが印象的だ。
"Fontedicto 2001"
vin de pays(ヴァン・ド・ペイ AOCワインの下、テーブルワインの上)というと、知識のないボクはついつい安物かと考えてしまう。
極上の vin de pays というものがあるのだな、と、これを飲んで感激した。
このワインを言葉にするのが、今のボクには難しい。
樽の香りがしっかりとついているが清澄度が高く澄んでいて、粘度はそれなりに高いながらもディスクはそれほど厚くない。
タンニンがしっかり感じるのに、ざらざらとしたぶどう皮のえぐみはない。
どこかにも書いてあったが、大地のような安定感を感じさせる懐の深い味わいだ。
甘い香りと優しいスパイスさが、柔らかなタンニンときれいに調和している。
カベルネやメルローしか飲んだことのない人間に、グルナッシュを明確に表現することの辛さはあるが、
旨い、の一言ははっきり言える。
この店は(ボクが働いている店だが)、本当に気取らない旨さを出してくれる。
丁寧な仕事の積み重ねの上に、自然な食材の、テクニックとしてのフレンチの味が、作られている。
フォアグラのコンフィを兎で巻いたルーレを最後のお供にして、ワインが終わり、一日が終わった。
嘘から出た、真。
嘘の中の、真。
嘘は、真。
嘘も真も、ボクの誠実、歴史の事実。
http://gallery.me.com/mr.custard#100091&bgcolor=black&view=grid
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