2009年5月5日火曜日

こどもの日。

「インスタント」のものは何でも、それがインスタントになる前だったころのものを、ただの名詞にしてしまう。


たとえば、コーヒーを飲む、ということ。

始めにお湯を湧かしてから、ドリップして飲むまでの、いくつかの面倒な、それでいてゆったりした時間の数々を、インスタントコーヒーは全部省いてくれる。お湯を沸かして、粉に溶かして、飲む、それだけ。

インスタントコーヒーは、不味くない。美味しくないだけ。

美味しくないことは、ネガティブなことじゃない。インスタントコーヒーは、コーヒーと同じ、十分苦い。

美味しいインスタントコーヒーは、素敵だ。インスタントコーヒーを飲む、中ではね。


誤解を怖がらなければ、インスタントはデジタルだ、0からすぐにMAXを達成してしまう。

行為のMAX。名詞のMAX。

物事の連続性とか、その連続の中の情緒を、取り立てて讃美しないのなら、インスタントがいい。

だいたい、インスタントの中にも、情緒はあるし。


何でもかんでも、簡単になるそれ以前のものが、簡単になったものより、優れているわけじゃないし、優雅なわけでもない。

どんな行為だって、かっこいい。

時間をかけてコーヒーメーカーにお湯を注ぐのも様になるし、

デジタルコーヒーを飲む、その飲んでいる時間と作る時間との異常なコントラストも、かっこいい。


どんなインスタントだって、どんな古式ゆかしい作法だって、様にならないときは様にならない。

様になる、絵になる、風景として美しいこと。

それが絶対の価値観だと思う。

判断に次ぐ、判断を、いつもすること。

そういう毎日が、いちばん愛おしい。


ちびまる子ちゃんのおかっぱもスカートも、
波平さんのハゲとヒゲ眼鏡も、

かっこいいことが全てだと思う。


意味もなく、何もなく。

ただ、かっこいいこと。

誰もがかっこいいと、思うこと。


そういうことが、いちばんかっこいい。


嘘は悪いことじゃない。

嘘は、かっこよくすれば、かっこいい。

嘘から出た真は、ピュアホワイト。


でも、嘘も何もいらなくなるのが、いちばんかっこいい。

だから、嘘はつきたくない。


一生、ハイハイして、生きてたい。    

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