2009年4月26日日曜日

factotum.39

雨の日は、おとしものが多い。

雨の日の夜に、おとしものはやってくる。


ハンカチ

くつ

帽子

イヌ

イアリング

眼鏡



目の玉

二つの目の玉



光彩

血管の通った白い

脳につながる

目の

タマ


雨は、さっき少しやんだ。

ぼくは夜の涼しい街を、散歩しようと、外に出た。

ぶかっとしたワークジャケット、外国の運転手が着るらしい少し無骨なジャケットを着て、夜の街路をふらふら歩く。


歩き始めてすぐに、前の方に何か落ちている。

湿ったトウカエデの木の根元、緑の影の下、フルフラットの石畳の上にごろんと二つの眼球が落ちている。

ぼくは近づいて片方の眼球に手をのばし、しゃがんだまま、片方の眼球の汚れを大きめのジャケットの裾で拭った。

立ち上がって、手を空にのばし、一個の眼球を見上げる。

「おとしものだ」


雨が、また落ち始めた。

ぼくは自分の顔の、片方の空いた眼窩の空洞に、急いでおとしものの眼球を仕舞った。

くぼみにしっくりと納まるまで、右の顔面の筋肉をぐりぐり動かす。

目をあけると、視界がぼやけて揺れている。

街灯の光とトウカエデの影、道沿いに並ぶ背の低い建物と向こうから来る一台の自転車が、まぶしく混ざる。


ぼくは走って、家に帰る。

雨が強くなってきた。

大きめのワークジャケットは、ずいぶん雨を吸っていく。

服がどんどん、重くなる。

落ちてくる雨を吸って、まずはぼくの足が、地面に擦り減るように沈んでいく。

ぼくは懸命に足を動かしてみるけれど、足は確かにその神経を感じさせるのだけれど、地面の下で動かない。

ぼくは両の腕を使って、前に進もうとする。

クモのように、二つの腕を交互に動かし、ずるずると前に這い進む。


髪が濡れて、重い。

上半身全部を覆うジャケットが、重い。

ぼくはもう自分の頭の自重を自分で支えることが出来なくなって、

首を前に後ろに倒してしまい、

次に頭を振った瞬間に、さきに仕舞った眼球を、ごろりと落としてしまった。


向こうに向こうに転がって行く眼球。

ぼくはそれを空になった眼窩で見ている。

上半身をクモのようにして、両肩両腕を張り出して、地面に手をついて、体全体で雨をドブドブ吸いながら、

ぼくは遠くで止まった眼球をじっと眺める。

残った片目で。


向こうで誰かが、片目の眼球を拾っている。

彼には両目がない。


後ろを見れば、さきのトウカエデの下で、男が残った眼球を自分の顔に仕舞った。

残った彼の片方の目も、空洞で暗い。


片目のクモが一匹と、片目の人間が二人。

20メートルの距離に、等間隔でいる。



「恥ずかしい」


真ん中のクモは、

横道に入って、這って家に帰った。


ジャケットが、重い。    

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