
「写真ノ話」
「要するに、お父さんとお母さんに死んでもらえば写真家になれるってことです。....ハハハハハハハ。一番愛する人の死っていうのが、一番勉強になるんだから。」
「こうも言えるのよ。人が死んでブツになるでしょ。....そんで、写真はブツになったときが勝負とも言えるのよ。ここでどんだけ相手に責任とるかっていうことになる。...それで、クッとこうカメラアングルを習得したわけだよ。ブツになった母に」
「親父の場合はね、....で、そんな元気な感じの親父だったのに、入院して一年ぐらいになると、もうやつれてつまんないの。....とくに、顔が情けない。そこで、そういうのはね、残さない。切る!で、その瞬間にもう、フレーミングっていうのを勉強したことになるわけだよ。写真撮らなきゃ、記憶なんて消えていくからね」
「彼女と初めて会ったとき静岡の浜辺で彼女が拾ってくれた石ころがあるんだけど、その石ころを君と思ってずっと持ってる、っていうような弔辞を言うくらいの気になるじゃない。....で、その海岸に行く前にはいろいろ想像して行くわけですよ。石ころがいっぱいある浜辺を一枚撮って、これが写真集のラストシーンだなぁ、なんて思いながら行くじゃない。ところが、そこに「生」が通り過ぎるんだよ。....「生」っていうのはカップルだよ。....通り過ぎるんだよ!恋愛が。....オレはさぁ、石ころと浜辺なんていうありきたりの哀愁でラストシーンを想っちゃうわけだけどさ(笑)....シボイ二人がさ、手つないで、海辺を歩いて行くわけよ。....でも、それがい〜んだ。」
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