感傷的になることは、人間の性なのだろうか。
熱狂だの、感傷だのと、多くの感情を人間にとって不可避の本能と考えることは、人生の豊かさからの安易な逃避かもしれないが、
自分に感傷的になることが、悲劇のヒロイニズムにとても近いと思われるので、
私はそれを憎むのだが、
しかし中庸的感傷は、健康だ
という気が最近するのだ。
中庸とは便利な言葉である。
心地よくもある。
しかし中庸の実現性と可能性については、疑いがある。
人間はどうあるべきなのか。
私の私自身の投機は終わることはなく、
そして思考も留まらない。
諸行無常への反抗のために、
私は誰かを愛し、
冗舌を拒否しないのだ。
少なくとも今は、それを信じている。
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