7月の海浜に寝そべりながら、あのまぶしい目もくらむ太陽に手を透かしてみる。
奇妙に縁取りが赤いぼったりとした高分子の、ムニムニしたゴムみたいな手だ。
「やりきれないけど、うん、楽しいな」
そうやって僕は体をごろんと横に起こして、右手の全体に砂粒のちくちくした心地よさを感じた。
同時にダニエル君は、街の交差点で、信号の前で、しかし信号を渡るわけでもなく、やっぱりその角のカフェのオープンテラスで、まんじりと読書していた。
デミタスカップの底にたまったとろとろした砂糖をなめる。
ここでも太陽はまぶしい。
誰が何を考えようと、何を感じようと、世界はいつも同じだ。
世界が変わって見える!だなんて、彼自身の問題だ。
世界は彼自身にしかない!なんて、何とも身もふたもない話で、そりゃそうさ。
世界の大半は変わらない、それはその中にいる人間が変わらないということだ。
今日もあのスーパーの魚屋は開くだろう、今頃魚河岸に行ってるのだろう。
ロンドンの証券取引所のアナリストは、いつも変わらず折れ線を眺めている。
僕は朝起きて、昨日の飲酒で乾いた唇に水をやる。
彼らはそのうち死ぬだろう、でも彼らみたいな人は無数に遍在している。
無限の多様性は、それでも類型されるんだ。
世界は、変わらない。
変えなければ、変わるわけがない。
誰が何を、沈んでようと、うきうきしてようと、いつも世界はピュアにある。
あらゆる現象は、僕に関係なく、生じている。
現象世界は、実はピュアににただ存在しているだけだった。
主観性の絶望と神話は、こうして崩れていきました。
あとに残るのは、生きているぼく、ただそれだけです。
生きようとする、ぼく。
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