2009年1月12日月曜日

私の自分主義

漱石が語った自己本位について、僕はそれほどたくさんのことを語れないけれど、


僕が僕として考える自己本位の哲学を、ここに書きたい。


これは、郵便の問題はあるけれども、紛れもないラブレターだ。



わがままを貫くことは、一つの優しさだ。


自分の決定についての責任は、自分がとりたい。引受人が他人であれば、その行為の結果について、彼は永遠に悔やむのだろう。


後悔をひとに押し付ける苦難は、耐えるに地獄である。


だから、わがままは衝突するはずであり、すべきである。


わがままの問題とは、許容の問題であり、優しさの問題である。


ここにあって、わがままを言う優しさは、わがままを許す優しさと衝突する。


優しさと優しさの闘いは、寂しさに満ちている。


お互い、何もできないからだ。


しかしそれを乗り越えるのもまた、優しさだけである。


だから、僕たちはわがままを言おうよ。


もっとわがままを押し付けよう。


無交渉の悲惨の前に、僕たちはわがままをぶつけ合おう。


無交渉の悲惨の前に、僕は泣きながら、あなたにわがままをぶつけたい。


さみしい結末が、本当に途方もなくさみしいことだけは、僕も知っているから。    

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