セザンヌや岸田劉生を見て、
「あぁ。きれいだ」と思える僕は、
新鮮だ
現代芸術の意義を、解釈からの表現であり、またその全体の解釈だと思ってきたけれど、
いや、やはり美しくあること自体を喜ばなければならない。
「美しいこと」という問題はそのままに残して、
美しさという強度をもっともっと、歌いあげたい。
美術は、貧しくなってはいけない。
貧しい美術は、美しいのだ。
しかし芸術自体が、貧しくなってはいけない。
根本規範はないということを知ったときに初めて人は、
文学的になれる。
フィクションを愛することができる。
ありうべきヒューマニティや価値を信じることができる。
仮にファナトスという本性が人間にあるならば、
人は熱狂に向かう存在であり、
それが一時のことであることは知りつつ、
楽しくいれる。
という仮定ができる。
フィクションの中でフィクションを、フィクショナルに。
これが僕の党是であります。
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