2008年12月10日水曜日

詩編 他4編

恋愛関係の審査基準を、経済合理性で考えては何故いけないのでしょうか?

全ての物事は、「いくら払えるか」という問題、つまりコストとリターンのバランスシートですね。

心理的なものは、現象の世界に還元して、それからフィードバックすれば、精神の現象的解決が図れるものです。

むしゃくしゃしてたら、買い物したいでしょう? え、それも結局解決にはならないって? それは、あなたが馬鹿だからですよ、下手なんですよ。それは可能性の問題です、不可能性の話ではありませんね。

そうすると恋愛は、もちろん所得とのバランスはあるでしょうが、そうですね一般的には、往復の移動手段の代金に、各人の能力と「雰囲気」に見合った食事の代金、これをAとしましょう。それを、誰か他の異性への一回のデートの代金(これがBです)と比較して、その5倍を下回れば、それが最低温度でしょうね。

つまり、A×1/5=B。

これが恋愛の最低温度、でしょう。

仮説の検証は、統計を待ちましょう。急いではいけません。

何?「恋人」といるのは、他の誰かといるのとは絶対的に違う、別の価値があるって?

だからそれはラベリングの問題でしょう。個人の話じゃない。恋人っていう存在のことでしょう。そんなの、もっと失礼じゃないか。

その彼/彼女は、恋人なんだから、お金をかけなきゃダメですよ、他より。

その彼/彼女にそれが出来ないなら、別の彼/彼女を探さないと。

それ以外は、言い訳ですよ。

恋の賞味期限テストは、ようは値崩れの問題ですよ。

0 はないんです。

下がるところまで下がったら、廃棄なんです。

ほら、わかりやすい。みんな、よかったね、賢くなった。

泣いてるのは、君だけだよ。    

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