2008年11月21日金曜日

factotum.5

最近の日課、というか、お昼ご飯の話だ。

知っている人は知っていると思うが、知らない人はおそらく知らないと思うので一応言っておきましょう。

僕は、結構食べ物に気を使う。

自分が何を食べたいか、太る太らない、誰かと食べるならその誰かさんは何を食べたいのか。

もちろん暴飲暴食もたまにはあるが、それでも気を使う方、である。

まぁ、自分と食べ物、という話をしだせば、くどくどとふざけた話が続いてしまうので、そういう展開にはしない。

お昼ご飯の話、だ。


僕は最近、水菜を、買う。
(僕は妹に恋をする、みたいな雰囲気で声に出して欲しい)

ご存知の方はご存知であろうが、ご存知でない方はご存知でないと思うので一応言っておくが、水菜は、何か非常にヒラヒラとした透明なパッケージで、いくつかの束が、やんわりと包まれて、売られている。

そんな水菜を買う僕なのだが、それとともに何かしらの魚介も買う。(貝とかエビとかイカとか、ツナ缶とか)

そして、家に帰り100g前後のパスタを茹で、

アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノを作るのだ。


な〜んだ、と思われる方は思われるだろう。

知っている人は知っているだろうが、そんな人間は何人もいないと思うのでこれは言わなければならないだろう、なんせペペロンチーノといば我が家の名物、なのだ。

ある時は塩のひとつまみコショウのひとふり、スープの量のほんの少しに至るまで最大限のかつ最高に繊細な注意を払い、ある時はアルコールの極限状態の中格闘し、翌日の朝台所を見て昨夜の自分の行動に感心し、「あぁ多分酔っぱらいの作った料理など、妙に塩気が多かったに違いない。後輩よ、すまん」、などと様々なシチュエーションで、時には600gもの量のフライパンをふり、そうして我が家はペペロンチーノを作ってきた。

まぁそれを食べている、という事実がまたすごいと思う。


「そんなペペロンチーノをお昼に作っている、という話を、なぜお前は今ここで取り上げるのだ?」


違うのである。

なんと、100gのパスタに、買ってきた魚介を適量と、買ってきた水菜を全部、入れるのだ。


「ん?」


まぁ、確かにそれだけの話なのだけれど、これは非常に完成度が高い。

野菜を食べたい現代人、小さな頃から便秘になやまされている食物繊維信望者、しかし「メシを食う」という行為の満足を捨てることの出来ない男子としての性。

そんな自分の中のたくさんの自分を、この「水菜一本!ペペロンチーノ」は満たしてくれるのである。


水菜一本、というのは本当に気分の問題だ。第一僕は、あのスーパーに売られている一包まれの水菜をどのようにカウントしたらいいかわからない。一輪、一束、わからない。

よって「一本!」ということにした。一本!という単位は、いや強引に単位にしたのだが、ともかく一本!はその意気込みがいい。

「たくさん 入ってんだぜ」

と、何ともニヒルな笑みとともに、しかし男気とそのボリュームを感じる。

これはそんなに柔道一直線な表現ではないのだ。

食べると何か、自分に筋の通ったような、そんな感覚さえ覚える。

水菜一本!、私はやられているのだ。


ともかくそんな昼飯を、くだくだと、食っているのだ。
(まぁ、野菜はかさも減るので、以外に普通に食えるのだ。おすすめなのだ)    

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