2008年10月15日水曜日

想像 Z

「20世紀少年」を、浦沢直樹をおもしろいと持ち上げてきた。

それに対して、漫然と、漠然と考えてきた。

そして想像するのだが、

20世紀少年とはまさしく近代とその夢の崩壊、そして再生の物語である。
物語はリセットとあり得たはずの新たな歴史の開始で終わる。

主人公、その他のキャラクターたちも同じ構図で書かれている。
成長し、挫折し、順応したが、過去の責任のもとに闘い、敗れ、復活し、勝利する。

もしかすると、これは日本近代、ともだち、ケンジ、という大きな物語たちの変遷と混淆、闘いなのかもしれない。

20世紀少年とは、近代的な大きな物語論のうえで作られた、まさしく近代小説的なマンガなのだ。


一方僕は「もやしもん」というマンガに、別の夢を見ている。

これは、キャラクターが作者の意図を無視して(そのように見えるようにして)動く。

紡がれるストーリーは細かい水流の、延々に平衡状態としてのストーリーであり、何か大きなものに回収されるわけではない。

もちろん夢かもしれないが。


「崖の上のポニョ」はちょっと違うけれど、この議論の延長に可能だ。



自意識の語り、と、大きな物語。

それを昇華させて、脱構築する表現とは何だろうか。


そんな想像を、少しの思いつきとともに、書いてみたのだった。    

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

登場人物が難題を乗り越え成長する

おおなんてエンターテインメント!
でも物語をつくるのは難しい


コメント書くとこ間違えたぜゲラゲラゲラゲラ

mr.custard さんのコメント...

かばやろー。

難しいよな、全てのことはエンターテイメントだかんな。