「20世紀少年」を、浦沢直樹をおもしろいと持ち上げてきた。
それに対して、漫然と、漠然と考えてきた。
そして想像するのだが、
20世紀少年とはまさしく近代とその夢の崩壊、そして再生の物語である。
物語はリセットとあり得たはずの新たな歴史の開始で終わる。
主人公、その他のキャラクターたちも同じ構図で書かれている。
成長し、挫折し、順応したが、過去の責任のもとに闘い、敗れ、復活し、勝利する。
もしかすると、これは日本近代、ともだち、ケンジ、という大きな物語たちの変遷と混淆、闘いなのかもしれない。
20世紀少年とは、近代的な大きな物語論のうえで作られた、まさしく近代小説的なマンガなのだ。
一方僕は「もやしもん」というマンガに、別の夢を見ている。
これは、キャラクターが作者の意図を無視して(そのように見えるようにして)動く。
紡がれるストーリーは細かい水流の、延々に平衡状態としてのストーリーであり、何か大きなものに回収されるわけではない。
もちろん夢かもしれないが。
「崖の上のポニョ」はちょっと違うけれど、この議論の延長に可能だ。
自意識の語り、と、大きな物語。
それを昇華させて、脱構築する表現とは何だろうか。
そんな想像を、少しの思いつきとともに、書いてみたのだった。
2 件のコメント:
登場人物が難題を乗り越え成長する
おおなんてエンターテインメント!
でも物語をつくるのは難しい
コメント書くとこ間違えたぜゲラゲラゲラゲラ
かばやろー。
難しいよな、全てのことはエンターテイメントだかんな。
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