自分の中から生まれて、自分で育ててきたものでないと、
何かしらの「考え」みたいなものは、長続きしない。
考え続けてたり、とかいう持久力も大事だろうけれどね。
でも同時に、僕らは常に何かに触発されて、生きている。
その中で、これもよく言われることだけれど、僕らの自由な発想なんてあるのか。
常に何かを参照し、引用し、混ぜ合わせたりしたもの、それをもう少し可愛くしたもの、そんなものが今僕が思う「僕の中から生まれたもの」なのかもしれない。
強い説明が出来ることが、その絶対度の無限の前では、そして全てのoriginalなものの存在についての懐疑の前では、「僕なるもの」の証明の、何の根拠にもならないときに、
僕は走り続けるのか?べきなのか?何なのか。
あらゆる実存を引き受ける、っていう態度は、以外と生産的ではないのかもしれない。
もしかしたら、もう少し違う角度での接し方が可能かもしれない。
こういうことは、すぐにはわからない(もちろん、わかりたい)
だから僕は、Blogを書くんだ。
それが、僕の理由だ。
1 件のコメント:
登場人物が難題を乗り越え成長する
おおなんてエンターテインメント!
でも物語をつくるのは難しい
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