googleのコメントありがとう。
そっちの方にも同じ文章を残しておくよ。
どっちを先に見るかわからないからね。
「冷たい書き方だけど」と言っていたけど、全然。
僕は君と、それなりでも何年かの付き合いがあるわけだし、それなりに言葉の背景は読めるつもり。じゃあ、僕の過大評価と捉えられるかもしれないけど、多分ぼくが感じる通りで合ってると思う。
うれしかったよ、やっぱり君は賢くて、かつ素直だから(笑)
じゃあ、僕も素直なことを書くし、君に吐露しよう(そんなこと、求められてないかもしれないけど。苦笑)
僕はね、まず君をかなり礼賛したいし、君に対して感謝したい。
驕っているつもりじゃないけど、最近、なかなか批判されないからね(笑)
君のように、真っ向から、やっぱり僕のイメージとか内面的な部分に対しての、何かしらの正直な「印象」を言われると、やっぱり内省的になれるし、よく考える契機になる。それは、まぁ、ちょっと苛ついたけど(笑)とてもいいことなの。僕にとって。
それは前提なのね。で、
やっぱり君は他人に対して、「優しい人だな」って思う。全く嫌みじゃないよ、本当に。
僕は、全ての人を愛するけども(あえてabstractな言い方を)、期待は、してないのね。
だって、そんなこと未知数過ぎるから。
でも君は、やっぱり他人に対して愛があるじゃない。啓蒙とか。
その段階で、君は知識人なりエバンジェリストの資格があるんだと思うんだけど。偉いよ。
僕は、絶望という言葉を借りれば、はっきりと最初から馬鹿は馬鹿だと思っているから。(その場合の「馬鹿」はバカにしているというよりは、一義的に見てそういう人、という話ね)
そのうえで僕は、それでも僕とか君が(一緒にすることが失礼にあたればごめん)使う言説、語運用が受け入れられる世界で(それは間違いなくマーケットの中にもあるからね)、自分が満足できるままにすごせればいいし(職業とか収入の問題じゃないよ)。
(誤っておこう。僕は今、ウォッカをたらふく飲んでる。だから文章が論理をすっとばしてたら、ごめん)
だから、僕は「消費社会」とか「ポストモダン」なんて平気で言えるわけさ。
だって、僕は客観的に(もちろん主体としてその中を生きてるし、享楽的だけど)それを観察してる「つもり」な人間、っていう意識だから。
その中でいかに、泳いでいくか、自分の欲望、願望を貫き通すか、っていうことに、その帰着とスタンスを置いてるから。
本屋がいかにくだらなかろうと、いかに他人に対して絶望しようと(日常茶飯事、笑)、その中で自分が、いかに満たされるか、しか考えてないから。
だからね、遊べるんだよ。言葉とか的に。
でもやっぱり君みたいに、自分よりacademismに対して誠実な人間には申し訳なくなるね。けれども、僕は嘘は書かないから、本当にそう思ってblogするんだけどね。浅かろうが、ミーハーだろうが。
素直になったついでに素直になろう。笑
やっぱり日本は、よくないかい?
こんなに「意味」が喪失して、かつそれでいて複雑な世界なんてないじゃない。きっと(僕は世界を知らないよ、知らないけれど!)
僕は「近代」を、『「理性」を頂点とした完璧に入り組んだ構造をもつけれどもわかりやすい「ヒエラルキー」』と『「成長神話」を信じれる』っていう世界だと捉えてるわけね。
だとしたら、こんなに頂点のない、本当に「構造的」な社会があるだろうか。
語弊を恐れずにいえば、なんて"Pop"な!!
そんな社会さ、当然どこに行ったって(世界中!)、厚みなんてないさ。
いかに泳ぐか、そして泳ぎきるか、自分が満足できる形で、自分の全存在をかけて。
そんなもんかな、と思ってます。思っているからこそ、blogに好き勝手書くんだ、きっと。
ん〜酔いがピークだし、理性がオーバーヒート。
じゃあ最後に。
僕は「社会」に対して、「冷めた目」をしてる。
愛がない。
そして君の言う「つまらなさ」を認める。
確かに「ある」現象だ。
でも、僕たちは生きていけるさ。二通りのやり方で。
一つは、絶望的、な社会を、上手く泳ぐ、そして受け入れられる。
もう一つは、時代全部を自分の言葉で変えてしまう。
どっちにしたって生きていける。「生きる」、は、あらゆる意味でね。
僕はその二者択一を、結果論に任せるさ、人を愛してないから(笑)
君は、、、わかんないね(笑)
近いうちに、飲むぞ!!☆笑
p.s 頂点がないなんて言ったけど、それは正しくないな。まぁ、可視の度合いの問題さ。
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