固有名詞の列挙
たとえば僕が デリダ エクリチュール 構造機能主義 と言うとき
それは ヴィトンが P・ボキューズが というのと変わりません
大和で電車に乗ってくる微妙な女の子のシャネルと
岩波文庫を読んでいるそして読み終えた学級の徒とは
その満足において変わらないのと 同じ
記号を 消費している というわけです
中身ではない
表層的表象的世界における存在 その「ある」性
ふわっと香る ただ「それ性」
それが「記号」です
僕のポスト・モダンは
やっぱり誠実性です
すべてが許されてしまう言い訳ですから やつは
だから 文法 名詞化の自由化も
それは誠実に行われなければならない
そうでなければモダンは超えられない
establishはそれだけで強いのだから
愚直な誠実性で勝負するしかないでしょう?
権威 パワーが ないのだから
近代 については語ることも恥ずかしい
でも僕の近代は
やっぱり成長神話です
そこに起因していると思うのですね
所有の概念も ステータスの概念も
今のところ
super flatは簡単なので
最近のテーマはそんなところ?
新しいことがないから
とっても自分ですよね
でも あれだけ言ったところで
こないだも言ったけど あなたは
さらりと やってのけるでしょ?
じゃあこのweblogなんて
ほんと おばかちゃんだよね
「キンキー・ブーツ」を見ました
「スティレットはsexだ!」に
そのイメージを思い浮かべ
そして 「あなた」 を思い浮かべた のでした
ちゃんちゃん
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