は、
僕にとって、
ひとつの、
疑似会話だったのだと、
思い知りました。
こう、
誰かと(あなたと)
会話したいっていう欲動と衝動と寂しさの、
補完としての側面が、あったのですね。
それだけではないでしょうが、
そういうところがあるみたいでした。
もはや内面の吐露ではなく、
コミュニケーションだったようです。
声にすることで、
その声に対してまた考える。
そういった、もはや牛的な反芻を、
繰り返して来た最近だったのですね。
でも、僕の擬人化された「weblog」は、
そうか、「あなた」っていう表現に込められていたのですね。
別に無意識の偉大さを説こう、みたいなことじゃなくて。
後付け的に、まぁこういう言説も成り立つな、と。
weblogさん、weblogくん、weblogちゃん?
カタルシスと弁証法。
あなたを求めて、幾星霜。
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