ディストピア芸術は、何を物語るのでしょうかね?
僕は、ドゥルーズ的な社会と個人の関係、総体といったものに共感していますから、
個人の自由な創造の一方に、社会の一表出としての一人の作家といった構図も見るのです。
すると、オーウェルやバージェスには、どういった社会的要請が、そこにあったのでしょうか?
管理社会、全体主義といったまとめうる類型は見られますが、
各作品とも時代が違うわけです。
昔から「ディストピア」の表す悪夢が、時代も違うのにずっと同じなんてわけないでしょ?
ディストピア文学に見る、時代、というのは少しおもしろいですね。
なんて、
アカデミックなことを言いたいわけ(半分そうですが)でもないんですが。
フットボールアワーの漫才、ちょっと変わったね。
売れてから芸の雰囲気を変えるなんて、最近では珍しい。
いや、評価したいね。
さて、チュートリアルはどうかな?
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