フロイトは、自身の思考の、
抽象的な思弁の傾向の著しさを認識していたので、
もっと具体性のある科学的主題に没頭することの必要性を感じていたそうです。
バランスをとるために。
だから彼は、数ある医学校の中でも、実践と経験を好むウィーンの医学校にいったのです。
だからというわけではないですし、
まさかフロイトと自分をだぶらせるわけではないですが、
私は本当に、物事を「仔細に扱う」というのが苦手なのです。
数ある事象、要素が目の前に並べられていて、
それら一つ一つの連関、関係のネットワークを丁寧に扱い、その繊細で強靭な「つながり」をしめした上での、主張ということが、
本当に不得意なのですね。
たくさんの要素を、まとまりとしてとらえ、
「ふーん。ふ〜ん。 おっ 」
として、自説と自分の主張を作り上げてしまうのです。
そこにはもちろん各要素のつながりと、論理性は存在しているのですけど、
それを事細かに、ましてや「コード」「前提理解」から、0から説明しようというのは、
本当に苦手なのです。
長年レトリックと論理として、自分のそういう弱点を「強み」にしてきた報いですね。
論理的には話せても、その対話の中で解きほぐせても、論理を作り出せても、
レポート書けないんですよ。
とくに、自分の扱っている内容に、何の前提知識も持たない人相手に書くとなると。
そのくせ、説明の力を信じてますし、細心の注意と努力を注ごうとしますから、
ホント、長くなり、重複し、美しくない。
それでも書いているうちに、コードが積み重なって来て、
じょじょにですが、よくなるのですが。
ようは、一つ一つの要素を、綺麗に美しく並べ、
どの食材がどの食材とハーモニーを奏でているのか、
このスパイスは、どの味を引き出しているのかということを、
もう少し説明したいのです。
「おいしいから、いいでしょ」
では、せっかくのおいしさも半減し、
何より発展可能性がないでしょう?
そのためのスキルを身につけたいし、
身につけることが、課題ですね。
あぁ、でも、
「対話」というのが、
伝えるうえでは何より大事ですね。
さっきのtossy(もうわかりますよね?)とのトークで、
よくわかりました。
対話、 か。
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