2007年7月2日月曜日

オトナ帝国の逆襲。

クレヨンしんちゃん、ですね。

この映画は大好きで幾度となく見てますが、

今日は授業のために見ました。自分なりの分析つきで。

でも、いいね、これは。見て下さい、みなさん。

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近代化っていう言葉がありますよね。

あんまり好きじゃなくてさぁ。だって定義が曖昧なんだもの。

中世、近代、現代とか時代区分していくと、そこにあるから、そういう用法では嫌いじゃないんだけれど、

近代っていう社会は〜、とか、モダンとは〜となると、

「だから、厳密に他の時代と区分してみろよ!」って思いましたね。

今でも、そうです。

でも、そうですが、ある程度納得するようにもなってきました。

それは社会学とか芸術哲学とか様々なことをひっくるめたうえで、それでも「ん〜」なんですが。

モダンっていうんじゃないんです。

近代は、自らを「モダンな時代だ」っていったんですよ。

僕らが、お洒落な意味でモダンっていうそのモダンとは違うのですね。

あの時代は「モダニズムの時代」なんです。あの時代だけが。

中世までがstaticな世界を基礎として、その安定と保持の中での調和と、神の愛、イデアへの解脱を目指したものだとしたら、

人文主義が花開いたルネサンス以降は、それとは違いますよね。

活動の総和のバランスが=調和、となるんですから。大逆転の思考法です。

もちろんどの時代にも変革とかはあるんですが、パラダイムが違うんですよ。近代って時代は。

世界の変容を受け入れているから、もうね。無敵のバカさですよ。

日本ならバブル崩壊まで近代なんでしょう。夢を見た時代ですしね。成長神話。

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学問のバッサリ性ですが、

もちろんどの素材にも、全ての要素があると思うんですよ。

でも、それでも上記のような分類に僕は、意味がないとは、思わないなぁ。

その因子の回収を乗り越えるのが、発見だし、楽しいんだよね。

だって、いつの時代も、僕らは、おんなじ人間なんだもの!

(これも違うんですよね〜笑)

あ、でもギリシャは人文主義でもモダンじゃないよ。

これは僕理論だけれど、

彼らは「説明」を作ってないから。

神話は前提であってね、説明じゃなかったし、なにより「共通理解」「パラダイム」がないし、そうだった神話は、やっぱり違うしね。

ん〜説明べた。多分、誰かとしゃべって、ブラッシュアップできるんだろうな。

そんなことなら書いちゃいけませんよね〜笑。    

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