「もう、疲れてしまいました。でも、まだ疲れていません。」
彼は、言う。
「こういう物言いが不思議でしょう?ブラフなんだと思うでしょう?でも、これは本心なんですよ。すくなくともあなたを「すりぬける」前の私、の中ではね。」
「今、思うことですか?とくにありませんね。あぁ生きたなぁというぐらいでしょうか(笑)それなりに美味しいものも食べたし、恋もした。世界一の金持ちにはなりませんでしたが、自分の満足はほとんど実現できました。だから、あまり、思うことはありません。」
「ただ、」
老人は、最後に、それまでの穏やかな相好を少し崩し、少し猟奇的な目をして、
「あの人の、あの瞬間が、私だけの手によって切り取られ、私によるものとして、私と彼女の間に浮かんでいる。そんなファンタスティックで幻想的で甘美的なメディウムを、今でも残せていると思うと、全てを燃やしたくなるような狂気が、こんな老いた体にも吹き荒れますよ」
そう言った。
あれから、今でも竹中信幸は、無邪気に嬉々として遊び回っているのを、夜にばったり見かけるが、
この人は、いつ死ぬんだろうか。
ある意味では、もう死んでいたのかもしれない。
幾度も幾度も。
そんな不死鳥のような生き方を、泥臭く重ねてきたのかもしれない。
だからあの皺には、喜び以上の葛藤が、はさまれてるのかもしれないな。
彼からもらったこの酒は、すこし苦い。
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