2007年6月6日水曜日

子供、アイルランド。それは白黒の風景として。

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子供が、泣いた。




その子はいまだ決して、「ひと」の前で涙など、



ましてや、あんなに大声をはりあげて、



それもすごい金切り声を、



その女性の胸に、顔いっぱいをおしつけて、



くぐもった空間、つぶされそうな顔面いっぱい、そのコットン地にむかって、



自分のぜんぶをつかって泣いたことなど、



一度もなかった。




その子の母親はとても優しかった。



その子はとても大切に育てられた。



でも、その子は泣かなかったし、甘えなかった。



泣く相手と、泣きたい相手が、同じでなかったから。




だから、その子は昨日、泣いたんだ。



この女性にむかって。



目一杯の、そう本当に目一杯の。



女性は、どうしたらいいかわからなかっただろう。



その子はひどく神経的で、躁鬱の激しい状態だった。



疲れていた。



わけのわからない高熱で。




気づけばその子は、この大きなアイルランドの上で、



裸足だった。



その子が必死でかけ回った大地は、



唯、広く。



空は、白黒の風景で、地面は、地面のカラーで。



崩れ落ちた城たちは、ただ世界の境界を告げていた。



その子はいつしか、家についた。



そこには母親はいなくて、



ただその子が幼いころに着ていた大好きだったボーダーの、Tシャツが、



ただの調度品として、あった。



その子は走ってかけより、



それはもういろんなテーブル、いろんなおもちゃにぶつかりながら、



そのたびにわめき、



笑い、しながら、



つめよって、



その「幼いころ、自分が着ていた服、ボーダー」という、



ただ、たったそれだけの記号、憧憬に、



ぐしゃぐしゃに泣いた。



それが女性だった。



本当にそこには記号の世界も、言葉の世界もなかった。



その子は、それからのことは憶えておらず、



泣いたあと、寝た。




彼は、昨日、こう言ったあと、



「でもよく憶えてないんだ。それこそ、一瞬のことで。」


「でも、そういうことがあったことは、本当だよ。だって、僕は話しているもの。」


「君がこの話をどう考えるかは、楽しみだな」


「だって、意味が見当たらないだろう?」    

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