Blogっていうものを、
たとえば僕の何月何日かの日記を、ひとつ取り上げて、
僕を「読み解く」なんてことは、
少なくとも、
僕のBlogにおいては、
ご遠慮願います。
僕は、
40年ぐらいの壮大な物語として、
タイトル「自分」の、ページを綴っているのです。
だから、
もしそれが間違った態度であっても、
そういうものだと思って、
お読みになって、また、評価してください。
これは言い訳ではなく、
処方箋です。
40年後のあなたの一言を、
楽しみにしています。
こうやって、日々書かれる文章たちは、
僕の「痕跡」である、のです。
僕は日々、この世界をすり抜けて行きます。
もちろんあなたも。
この世界も、僕やあなたを、そしてまた世界自身をすり抜けていきます。
だから、ここにこうして書かれた、もの、たちは、
すべてその足跡、なのです。
実体はその、本当に一瞬先に、歩いている姿をもつ。
これは、全てを過去形にしてしまうことで、今の自分を守ろうなんていう、程度の低い話ではありません。
世の中の全てが、痕跡なのです。
その原因を数々の人が、
「差異」と呼んだり、「卵」と呼んだり、
「現象」と呼んだり、「イデア」、「潜態質」と呼んだりしました。
それはわかりませんが、
でも、その足跡たちは確かにぼく自身ですから、
(もともと全てのものは、足跡としてしか存在できません)
確かにそれは、僕なのです。
僕、とは、
あなたたちの解釈によってうまれる存在であり、
この世界をただ流れるイメージでしか、ありません。
実体の僕は、
体はあっても、
観念的には実存しえない。
そこでの僕は、
(僕という人間は)
全ての書かれたもの、でしかないのです。
(「書かれたもの(エクリチュール)」とは、ここでは「痕跡」「足跡」と同じ意味です)
1)だから、僕は、僕のイメージの何をも否定できない。
2)だから、僕は自分の存在に対して、誠実にあろうとする。
1+2)だから、僕はあなたに話しかける。あなたを愛しているから。
僕は全ての人と、語ります。
あなたさえ、よければ。
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