2007年6月17日日曜日

かんたんな整数比としての。

嵐が来た。

とはまぁ、以前紹介した友人のことだが。

(名前を出すと、怒られそうだ、笑)


「社会の上部構造と下部構造の、」

「だからフランスのカルチャー論とかって、」

「日本における」

「だからマスコミ、メディアなんてものは」

「スーパーフラットですよ」

「ケプラーの夢見たのは、」

「質量って言葉は、ずるいよね」

「そこに美を見出せた時代は、もう終わり?」

「それこそメダルが神様、」

「分かり合えないなんて、悲しすぎるじゃない」

「それは生物的に同じなんだから、夢見たいよね」

「バタフライ・エフェクトじゃないけどさぁ」

「好きっていう言葉は、」

「ひとつひとつの障壁をどけて」

「近づいていくのよね」


社会のこと、

メディアのこと、

認知論、

「科学」について、

神様について、

フランス革命について、

将来について、

人間関係の一般論について、

人と人が付き合うということについて、

そして、

自分について。


さまざまなことについて、

ブランデーをひっかけながら、話した。


彼と僕とでは、

(知ってる人は知ってるだろうが)

全く領域の違うのだけれど、

相手の言葉をとらえ、考え、反応し、呼応し、議論し、ぶつけ合い、笑う。


あぁ、いいなぁ、と思う。


やはり「考える」ということが、知的であるということだ。

真摯に向き合う、それ以外はあり得ない。


僕は、イスの上で飛び跳ねながら、ふつふつと湧き上がり続ける(それはときには噴火する!)知的興奮を、全く隠しきれない。

こういう関係性でしか、お互いを分かり合うなんて幻想は、実現しえないさ。


4時間近く夢中であって、

しゃべり疲れたところで、同居人が帰って来た。

嵐は寝たが、笑。


そこから少し、ルームメイトと話す。

ひとつひとつの言葉を、お互いがしっかりと受け止めながら、

穏やかな会話が、そこにある。

二つの知性が、そこにある。


あぁ、いいなぁ。


僕はなんて、恵まれているのだろう。    

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