嵐が来た。
とはまぁ、以前紹介した友人のことだが。
(名前を出すと、怒られそうだ、笑)
「社会の上部構造と下部構造の、」
「だからフランスのカルチャー論とかって、」
「日本における」
「だからマスコミ、メディアなんてものは」
「スーパーフラットですよ」
「ケプラーの夢見たのは、」
「質量って言葉は、ずるいよね」
「そこに美を見出せた時代は、もう終わり?」
「それこそメダルが神様、」
「分かり合えないなんて、悲しすぎるじゃない」
「それは生物的に同じなんだから、夢見たいよね」
「バタフライ・エフェクトじゃないけどさぁ」
「好きっていう言葉は、」
「ひとつひとつの障壁をどけて」
「近づいていくのよね」
社会のこと、
メディアのこと、
認知論、
「科学」について、
神様について、
フランス革命について、
将来について、
人間関係の一般論について、
人と人が付き合うということについて、
そして、
自分について。
さまざまなことについて、
ブランデーをひっかけながら、話した。
彼と僕とでは、
(知ってる人は知ってるだろうが)
全く領域の違うのだけれど、
相手の言葉をとらえ、考え、反応し、呼応し、議論し、ぶつけ合い、笑う。
あぁ、いいなぁ、と思う。
やはり「考える」ということが、知的であるということだ。
真摯に向き合う、それ以外はあり得ない。
僕は、イスの上で飛び跳ねながら、ふつふつと湧き上がり続ける(それはときには噴火する!)知的興奮を、全く隠しきれない。
こういう関係性でしか、お互いを分かり合うなんて幻想は、実現しえないさ。
4時間近く夢中であって、
しゃべり疲れたところで、同居人が帰って来た。
嵐は寝たが、笑。
そこから少し、ルームメイトと話す。
ひとつひとつの言葉を、お互いがしっかりと受け止めながら、
穏やかな会話が、そこにある。
二つの知性が、そこにある。
あぁ、いいなぁ。
僕はなんて、恵まれているのだろう。
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