「アルジャーノンに花束を」を読んでいます。
「記憶を、思い出す」ということの不思議を、
再発見すると同時に、気づかされています。
心に、やはり考えることがあって、
苦々しい悲痛と悲しみの「抜け落ち」、
そのせいで心にすっかり空間ができた瞬間、まさにその瞬間、
角の花屋のフラワーのその香りが、その穴にすべりこんで来て、ふわっと開きました。
とても甘く、草々しく、青く。
この音楽に救われました、とか信じなかったのですね、僕は。
実体験としてもそれほどないし、なんか安易な気がして。
でも、最近はわかるのです。
さっきの花にも、音楽にも癒される瞬間がある。
それは、感受性というか感動性という場面で、
僕が成長しているということなんでしょうか?
トマト缶とペンネ、牛乳を買う。
本屋には立ち寄らずに。
空はとても青く、風はすこし濡れている。
緑の公園に、黄色い町並み。
グレーの家に帰って来て、
ミルクを飲み(350mlほど!)
鉄のフライパンで、アラビアータのソースが煮立つ。
ペンネはもう茹だったかな?
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