今、「ネットワーク文化」という授業中です。
「画像メディアとしてのケータイ」というテーマで、みなさんしゃべってます。
(みなさん、といっても200~300くらいいるんですが)
で、今、みんなが言ってるのは、
「ケータイカメラの高度化による、盗撮の助長」
です。
そんなこと、議論すべき、少なくとも、
一二年生が多いこの授業で、そんなこと議論してどうなるんだ、
という感じです。
「だから、ケータイカメラの高度化はもうやめましょう」
とか、
「今までのモラルが崩れるとか」
確かに、そういう議論は大事ですし、
実際、必要でしょう。
ただ、僕は、そういう、
「テクノロジーの発達と、社会文化」みたいなテーマは、
自分自身の見識の低さもあるせいか、ある程度、レッセ・フェール(let it be)です。
Youtubeの前で、既存の「著作権法」を振り回したって、
それが、どこまで世界に有効ですか?
しかも、youtubeは赤字。
テクノロジーのブランディング、ビジネスモデルは大事ですけど、
そんなことは、ネットの偶有性によって生まれる部分が大きいわけです。
そんなことはね。
デジタル万引きも、今じゃニュースにならないでしょ。
「現代科学は行き過ぎだ!昔に戻ろう!」
なんて言ったやつは、もう、ステージから降りるべきです。
「地球にとって、いくら人間がゴミでも、我々は、生きていかなければならない」
わけですし、
「知的発見は、人間という生物本能を失った生き物にとって、最高の喜びである」
わけです。
ほんと。
テクノロジストは、どんどん作ればいいんです。
どんどん世界に投げればいいんです。
ただ自分自身の"Joy"のためにね。
そういう人が僕は、大好き。
そこでブーブー言うやつは、
さようなら。
まぁ、極論でした。
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