最近は、いろんな本を読んでいます。
素直になるというのはいいことですね。
素直に、読みたい本を読む、
なんてことは、昔の僕には出来なかった。
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神というのが、世界の価値、「意味」の最終保障であるというのが、
西洋的な(一神教的な)パラダイムでしょう。
それを知らなかったころの、僕も同じようなことを考えていました。
神という不可知な絶対者の概念は、人間が生きるための本能的概念だと思います。
絶対的不可知者がいなければ、人間は生きていられないですよ。
絶望や不安が論理的に突き詰められたら、
自分を責めるしかないでしょう?
最終的な拠りどころ、「逃げ場」がなければ、
やってられないじゃないですか。
そういうことを私は、恋愛に、彼女に求めていましたね。
この話は難しいんです。
僕も上手く話せない。
それでも、語ることは、
そういう危険の中に自分を投企することは、
その責任のリスクをしょいこみながらでも、
今の僕には必要かなと思います。
本来的なdiscomunicationを恐れたら、
何も話せないじゃない。
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それとは別に、
人間はその誕生において、全く未知ですよね。
操作できない。
だから、唯一無二だし、その能力には敬意が払われる。
だから近い未来に、
ロボットと人間が共存する社会が実現される過程において、
人間がロボットを好きに作れる限り、
ロボットの尊厳は生まれないんです。
ロボットが性交渉して、
操作不可能、予測不可能な化学反応のもとに、
「ロボットが生まれないと」
人間と対等にはなり得ません。
対等というのは、神秘性という意味においてね。
整形美人もいっしょですよ。
綺麗だし、僕は全然オッケーだけど、
「でも、どうとでもなるわけでしょ」
って思うと、
何の神秘性もないじゃないですか。
敬意を払えない。
敬意って、大事ですよ。
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思考ゲームって、飽きるんです。
こういうこと言うと、もう僕に学問なんてやる資格はないのかも知れませんが。
(いや本当の学問ってのは、超実際的でリアルなものですよ!!
お遊び程度の学問って意味ね。)
身体性って、大事だなと思います。
昨日、髪を切りに行ったんですが、
そこの美容師さんが、、
この話は次のblogにします。
分けた方が、いいいよね。
一気に詰め込んでもね。
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